Hamamoto Opera Project 第3回公演 ビゼー歌劇『カルメン』を観て
文=深瀬満
2026年8月16日(日)川崎市民プラザふるさと劇場
Hamamoto Opera Project(HOP)は、オペラ指揮などで活躍する濱本広洋氏が主宰するアマチュアのオペラ団体。新国立劇場のオペラ公演で副指揮者を務めるなど、キャリアを積む濱本氏が使命感をもって取り組むだけあって、意欲的な活動が続く。現在の団体になってからも、すでにモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』、ヴェルディ『椿姫』を上演し、第3回には、これまた名作のビゼー『カルメン』を取り上げた。
HOPの特徴は、人材の育成と聴衆拡大を実践し、音楽文化振興への寄与を目指すこと。メンバーは若手が目立つ。濱本氏は活動の3本柱をHOPのウェブサイトで掲げ、実現に尽力している。今回の『カルメン』も、それらに添って見ていきたい。
まず第1の柱が、アマチュア団体では希少というオーケストラを伴っての上演だ。楽員は濱本氏が指導する学生オーケストラの出身者中心で若い。楽団単独でのコンサート活動も行う。当日は2管、第1ヴァイオリン7人の編成(本体48人、バンダ5人)で、客席前方の3列を取り外してピットにした。会場がコンパクトなので音量的には十分。有名な前奏曲やアリアが目白押しの『カルメン』ゆえの迫力や楽しさが、しっかり伝わった。これなら、生のオーケストラを聴くチャンスが少ない観客も喜ぶに違いない。
使用スコアはギロー版を基本とし、原語上演、日本語字幕付きと、立派な立て付け。字幕の制作、運用まで団内でこなした。児童合唱は起用せず工夫でしのぎ、セリフを一部カットしたのは現実的な選択と考えられる。
濱本氏のタクトは作品のツボを押さえ、緩急や起伏が豊か。声楽が薄くなる部分で音量を抑え、オーケストラ単独になると全開にする切り替えが巧みで、ピットでの演奏を熟知した強みが発揮された。アマチュア団体のオペラ公演では、ピアノ伴奏や小さなアンサンブルに簡略化される場合が多い。その形態での妙味はあるにしろ、作品本来の魅力を伝える点で、HOPの狙いは確実に生かされていた。
2番目の柱が小・中規模劇場での公演活動だ。ホール代のかさむ大きな箱は避け、リーズナブルな会場を選ぶと、チケット単価を抑えられる。オペラに関心を持ち始めた層を引き込めばファンの裾野が広がり、将来的な好循環が期待できる。当公演の川崎市民プラザでは入場料4000円という手頃さもあって、約350席が完売した。客席は幅広い年齢層で埋まり、和気あいあいとした雰囲気。HOPの意図が伝わっているのを思わせた。
また小ぶりなサイズのホールでは、無理に声を張り上げる必要がなく、歌手の負担が軽減される。より微細な歌唱表現に集中できるので、音楽上のメリットが生まれる。この日も、多くの歌手が自然な発声でオーケストラと渡り合った。
バリトン(エスカミーリョ)を兼ねる伊藤薫氏の演出は、親密な空間性を逆手にとって、簡潔な舞台でドラマを抽出した。「運命の女」としてのカルメン像は相対するドン・ホセの目を通した姿ゆえ、ホセの内面を語り直す、というコンセプト。時代を特定しないオーソドックスな展開には、客層への配慮も見える。
このようにコンパクトな会場でのオペラ公演には理にかなった面があり、HOPの戦略は周到と言えよう。ただ昨今は、各地で公共ホールや文化施設の老朽化に伴う閉館や建て替えが問題化している。川崎市民プラザも来春の閉館が決まり、先行きは不透明だ。一方で新しい小・中型ホールを作る動きや、実際に営業を始めた例がある。活動方針を維持するためにも、新たな拠点を確保すると共に、会場との提携など新機軸を検討する手がありそうだ。
そして3つめが若手演奏家・スタッフの育成だ。総合舞台芸術であるオペラ上演には、多様なスタッフが必要になる。HOPは学生を含む若い歌手・演奏家に機会を与え、舞台制作スタッフを育て、将来のクラシック界を担う人材の養成を図ってきた。若い歌手は大学在学中といえども、オーケストラ伴奏でオペラ全曲を歌い切る機会は決して多くないという。HOPの計らいは有益な機会となろう。
この公演でも主役級は過去に相応の修練とキャリアを重ねており、貴重な経験となったはず。ことに、クールで芯の強いカルメン(櫻井陽香)、スタミナ豊富で二面性あるドン・ホセ(鷹野景輔)、一途な性格を凜とした風情で描いたミカエラ(武藤沙和)は、フランス語のディクションが安定し、確かな力量を聴かせた。
そのほか音大のOB/OGなど多彩な人材があつまった。日本人には苦手とされる原語のフランス語へ、果敢に挑んだ意気やよし。合唱のメンバーまで含め全体が底上げされると、いっそう完成度が高まるだろう。
常打ちの公演を行う新国立劇場や、二期会、藤原歌劇団のようなプロ団体を頂点とする国内オペラ界にあって、当団のようなハイ・アマチュアの団体は、ピラミッドの中央部を占める大切な存在。このレベルの活動が活性化すれば、効果は頂点と裾野の両方向へ波及していく。それだけに、さらなる発展が期待されるところだ。
(了)
深瀬 満(ふかせ・みちる)
音楽ジャーナリスト。全国紙の音楽担当記者やグループ内の楽団事務局を経て、広く書き手として活動。ウェブサイト「毎日クラシックナビ」の演奏会評やディスクレビューのほか、専門誌や各種のプログラム類、CDのライナーノート等に寄稿。オーディオ評論も手がける。

