『椿姫』作品テーマについて

Hamamoto Opera Project(HOP)の第2回公演は、 「オペラ王」と名高いヴェルディ中期の傑作悲劇、歌劇『椿姫』です。 旗揚げ公演に続き演出を手掛ける伊藤薫に、 今回のプロダクションにおける作品テーマについて聞きました。

オペラを鑑賞する上で、物語の時代背景に関する知識は必ずしも必要とされるものではありませんが、それでもクルティザンヌ(高級娼婦)とドゥミ・モンド(半社交界)という2つのキーワードは、ヴィオレッタの人格や彼女の選択を考察する上で有用な下地になるでしょう。

クルティザンヌとは、美貌と機転を武器に富裕な愛人を持って名を博した女性たちのことであり、豪遊する彼女たちを中心に身分のある男性たちが群がる華やかな世界が展開されました。これが『椿姫』の原作で名付けられたドゥミ・モンドであり、正式な社交界から見れば「裏」に当たる社会でした。

一流のクルティザンヌには教養も必要とされ、彼女たちが主催するサロンは最新の文化や芸術の発信源となるなど、憧れの存在になりました。一方で、伝統的な社会規範から見れば彼女たちの生き方は許されるものではなく、軽蔑の対象でもありました。

クルティザンヌのヴィオレッタを主人公としたこのオペラは、当然のことながら保守的な立場からは厳しい検閲を受けました。

劇中で、ヴィオレッタは自らをラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)と呼び、自らの生き方を悔いる敬虔な女性として描かれます。彼女はドゥミ・モンドの花でありながら、内心でそんな自分を否定し、赦しを求めながら悲劇の道を辿ります。

現代において、このような世界観を正確に再現することは困難です。しかし、上辺だけの関係の中で瞬間的な快楽を求めて生きる人間の、自己の存在に対する葛藤、それを抱えて死に向かう苦しみは、いつの時代においても描かれるべきテーマではないでしょうか。

時代を越える作品として、椿姫と彼女を取り巻く登場人物たちを、時に生々しく、時に空虚に舞台上に映し出すことが本公演の目的です。(文:伊藤 薫)